最近

なんだか久々にこのブログを開いた気がする。

現在のわたしは。

一言でいうと、あの頃と何も変わっていない、と思う。

あの頃というのは、私が生きるか死ぬかの瀬戸際にいて、どうしようもなくつらかった高校生の頃。

 

復学して学校に通っている。

サークルもそれなりに楽しんでいるし、友達だっている。

 

けれど。

あいかわらず向精神薬をのまなければ日常生活を送ることはできないし、夜は睡眠薬を飲んでもなお眠れない時がある。

どうしようもない焦燥感、不安にいきなり襲われ、立って居られなくなることもある。

授業中の途中退室なんて、何度したかわからない。

表向きは普通の大学生かもしれない。

でもその普通を演じるために、毎日何種類も薬をのんで、ひとりの時間に何度も涙し、眠れない夜が過ぎていくのをじっと耐えなくちゃいけない。

 

「みんなそうだよ」と人は言う。

「みんなつらいんだから」と。

 

そうなのだろうか。みんなこんなに死にたくて、みんなこんなにつらいんだろうか。

もしそうだとしたら、私はやっぱり怠けている、甘えているだけなのだろうか。

解らない。

普通の人、に擬態して、なんとかやっていればうまくまわっていくことはわかっている。

でもそんなことをしたら、私が壊れてしまうことを、私は知っている。

お久しぶりです。

 

先ほど復学手続きを済ませてきました。

4月から正式に復学することになります。

 

もし出来なかったら。

もしまた通えなくなったら。

友達ができなかったら。

 

不安は多々あります。

同級生と一緒に卒業したかったという思いも。

 

だけど自分が決めた道だから。

この1年は私にとって、絶対的に必要な1年だったから。

 

自分のペースで進んでいきます。

これから

これから、どう生きていけばいいのだろう。

これからどう生きていくのが正解なんだろう。

 

そんなことを考えている夜です。

 

考え事をしなければ済まない性分のようで。

気づいたときにはぼーっと何かを考えていて、たまに文字に起こしてみたり、

日々そんなことをしています。

 

 

これから1年(もないけど)、病気を治すことを第一に考えるけれど。

復学しても通えなかったら?

復学できなかったら?

 

 

私はどうなるんだろう。

せっかく入った大学。

せっかく入った学校。

 

入学式の翌朝、地元に逃げ帰ってきたから、授業1時間も受けてない。

 

復学できなかったらどうなるんだろう。

 

どうなるんだろう。

不安と焦りだけが募る。

今日は何も用事がなかったので、ゆっくりゆっくりと過ごしました。

 

私の1日は、遅起きから始まります。

大体お昼頃に起きてご飯を食べて、テレビをだらだら見て、ぼーっとして。

いろいろ考え事をしているうちに、午後6時を過ぎ、夕食の時間になるので夕食の準備をして食べて、それからお風呂。

お風呂から上がって、午後8時くらいから(気力があれば)問題集を1ページか2ページやって。

終わったらまただらだらして、11時過ぎに布団に入ります。

 

ただそこから不眠を発揮、午前3時とか4時とかまで眠れなくて格闘するのだけど。

 

 

今日はミュージックステーションに嵐とSEKAI NO OWARIが出演するとのことだったので、テレビの前でスタンバイ。

相変わらず私はこの人たちの音楽に元気をもらっているなあ、と再認識しました。

 

その後、気力があったのでツイキャス2枠。

今日は閲覧者数過去最高かと思うほどに多くて驚きです。

コメントをいただいて、やっぱり私は音楽が好きなんだと思ったり。

 

これからも、ギター弾いて、歌って。

それが少しでも多くの人に届いて、心の中にすっと溶けていくような。

そんな私でありたいと願うのです。

「なにもしない」をする

きっと私はもっとゆっくりじっくり「なにもしない」をするべきなのかもしれないなあ、なんてことを、ぼーっと考えていた。

 

最近急に電池が切れたように無気力になった。

何をするにも面倒に思える。

それは本当に面倒なこと(例えば部屋の掃除だったり、食事の支度だったり)に対してだけではなくて、好きなはずのものに対しても。

 

ギターだったり、読書だったり、そういう自分の趣味に対しても「楽しい」より先に「面倒」「苦しい」が来てしまう。

 

 

さて、原因は何かと首をひねった。

 

休学を決めてから、私の奥底に、親兄弟やちゃんと大学に行っている同級生等に対するうしろめたさがずっとある。

休学しているのだから、せめて何か有益なことをしなければと、検定の申し込みをしたり、大学受験の時の教材を引っ張り出して文字を追ったりしていた。

 

そんなこんなで気づけば「これ、1日のタスク」と自分に課す義務が大きくなりすぎていたのではないか。

 

 

ギターも読書も「やってて苦しいもの」にはしたくない。

とある行為、にはそれがどんなものであろうと、「適度な加減」があり、その調節が必要だ。

きっと今の私は、それが過剰になっている状態。

少しお休みをして(だって休学中なのだから)、ぼーっとするのもいいかもしれない。

 

…と、いいように解釈して、「やらない」を正当化しようとするのは、甘えにあたるのだろうか。

がんばったね

夜中。

 

まったく眠れなくて、こうしてキーをたたいています。

頭がぼうっとして、もやがかかったみたいで。

なにかをやろうとしても、まったく気力が湧かないのです。

 

ギターを弾いても、ひとりでカラオケに行って、思い切り歌っても。

大好きな嵐のDVDを見ても、好きな曲を聴いても、楽しいと思えないのです。

 

高校の友達は、みんないい大学に行きました。

彼女たちに会うと、キラキラ輝いているのです。

「全身で、生きている」って、感じがするのです。

 

それに比べて私は。

高校時代も、後半をほとんど寝て過ごして、満足に受験勉強ができませんでした。

今在籍している大学を受験したこと、そして合格したこと。

これらには後悔していないし、むしろこんな私を合格させてくれたことに感謝しています。

 

でも、あの時もう少し勉強していたら。

あの日学校に行っていたら。

あの朝体調がよかったら。

 

もっといいところに行けたはずなのに。

なんで。

なんで。

 

どうして私は。

 

どうしてもっと頑張らなかったんだろう。

しんどい、なんて弱音吐く暇があったら、勉強すればよかった。

 

寝てばかりだったあの当時の私に、腹が立って仕方ないのです。

…当時はあの勉強量が、わたしの精いっぱいだったはずなのに。

 

 

十分がんばったと思ってました。

病気抱えながらよくやったと思ってました。

 

確かに頑張ったとは思います。

でも、それを素直に認められないのです。

 

 

誰かに「がんばったね」って言われたい

「よくやったね」って抱きしめてほしい

「つらかったね」って。

一緒に泣いてほしいのです。

褒められたい。

認めてほしい。

 

 

 

感情の思うままにキーを打ちます

なにもしない

気力がない、と書くと、「休学してて1日ゆったり過ごしてるやつが何を言う」と笑われるだろうか。

 

気力がないのだ。

1日1つのタスクをこなすだけで、どうしようもなく疲れ果ててしまう。

 

 

高校の時、まるで今すぐにでもガソリンがなくなりそうな車みたいな状態で毎日を過ごしていた。

大学受験を終えた途端にガソリンのタンクは空になり、動けなくなった。

学校が始まってわずか3日。

大学から、下宿先から、逃げるようにして実家に帰り休学を決めた。

 

今は、ゆっくりと、ゆっくりとガソリンを注入している時期。

 

 

焦ってはいけないと、わかってはいる。

分かってはいるのだけれど。

どうしても焦ってしまうのだ。

 

早くバイト始めなきゃ。

学力が落ちないように勉強もしなきゃ。

 

そう思って、アルバイトに応募して研修に行ったり、検定の勉強をしたりしている。

「休学」しているはずなのに、なんだか余り休めていない気がする。

 

自分で決めたこと、と言われればそれまでなのだけれど。

休養に専念する、って決めてしまえば楽なのかもしれないけれど、休み方がわからない。

気力がない、疲れたという感情はあるのに、それに対処するためにどういう行動をとればいいかが分からない。

 

「何もしない」が下手なのだと思う。

 

「何もしない」

どうしたら出来るようになるのだろう。

わからない、わからない…

 

最近のわたしの、1番の悩みのタネだ。